東京高等裁判所 平成5年(行ケ)179号 判決 1994年2月01日
原告
斎藤春義(埼玉県朝霞市)
被告
タカラスタンダード(株)(大阪市城東区)
主文
原告の請求を棄却する。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が昭和63年審判第3444号事件について平成5年8月26日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1. 特許庁における手続の経緯
原告は、被告が商標権を所有する「BELMO-NT」の欧文字と「ベルモント」の片仮名文字を2段に書してなり、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第19類「浴そう類、流し台、その他本類に属する商品、但し食料または飲料貯蔵器具、ねずみ取り器、脱臭器を除く」を指定商品とする登録第1507098号商標について、昭和63年3月3日、商標法50条の規定により商標登録取消審判を請求し、昭和63年審判第3444号事件として審理された結果、平成5年8月26日、「本件審判の請求を却下する。」との審決がされ、その謄本は、平成5年9月29日、原告に送達された。
2. 審決の理由の要点
(1) 本件商標の構成、指定商品及び登録関係は前項記載のとおりである。
(2) 請求人(原告)は、本件商標登録の取消しを求める理由として、本件商標は、被請求人(被告)により、その指定商品のいずれの商品についても継続して3年以上、日本国内にいおいて使用された事実が存在しないから、商標法50条の規定により取り消されるへきであり、また、請求人は、本件審判請求と同時に「BelMondo」の欧文字よりなり、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第19類を指定商品とする商標の登録出願(昭和63年商標登録願第22778号)をしたが、同出願は、本件商標により拒絶されることは明らかであるから、請求人は、本件商標登録の取消しの審判を請求するにつき利害関係を有する旨述べている。
(3) 被請求人(被告)は、昭和60年4月1日以降現在に至るまで、本件商標の通常使用権者が本件商標の指定商品に包含されていることが明らかな商品「ガス給湯器及び洗面器(シャンプーボール)」に本件商標を付して使用している旨述べた。
(4) よって検討するに、商標法50条に規定する商標登録の取消しの審判を請求し得る者は、当該商標登録を取り消すことにより利益を得る者であることを要すると解される。
そして、請求人が、本件審判を請求するについて利害関係を有する根拠とした商標登録出願につき職権をもって調査したところ、同出願は、平成1年4月1日付けで有限会社青山富越商事(東京都練馬区早宮3丁目25番4号、以下「訴外会社」という。)に譲渡され、同月14日に商標登録出願人名義変更届が提出されていることを確認した。
そうすると、請求人は、本件審判を請求するにつき利害関係を有するものとは認められず、他に利害関係の存在を証明するところはない。
したがって、本件審判の請求は、不適法であって、商標法56条1項において準用する特許法135条の規定により却下を免れない。
3. 審決の取消事由
審決は、原告の本件審判請求をすることについての利害関係の有無を職権で調査しながら、商標法56条1項で準用する特許法153条2項が規定するところにより、その結果を原告に通知し、意見を申し立てる機会を与えることなく、突然本件審判の請求を却下したものであり、審決には、重大な手続違背がある。
審判を請求するについての利害関係の存在することは、審判請求書の必要的記載事項ではなく、相手方が争った場合や審判官が必要と認めた場合のみこれを主張し、立証すれば足るものである。
しかし、原告は、本件審判請求の際、徒な議論を避けるため、原告において利害関係出願をしていることを主張し、利害関係の存在を予め主張した。そして、被告は、答弁書を始めとする書面において、原告の利害関係の存在を争ったことはなく、本件審判においては、原告の利害関係の有無は争点とはなっていなかったものである。
審決が認定したとおり、原告は本件審判手続係属中に利害関係出願に係る商標につき登録を受ける権利を訴外会社に譲渡し、特許庁長官に対し、商標登録名義人変更届を提出した。
したがって、その限りにおいて原告の利害関係が消滅したことは認めざるを得ないが、本件審判を請求するについての利害関係は、自己の出願が本件商標を理由に拒絶理由通知を受けている場合の他、本件商標を理由に商標権侵害の警告を受けている等様々なものがあり、個別的、具体的に考察されるべきものであり、職権では正確に調査できないようなものもある。
したがって、職権で利害関係の有無あるいはその消滅について調査するならば、当事者にその結果を通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えるべきであった。
その機会が与えられれば、原告は、意見を申し立てることができ、また、訴外会社が本件審判手続に参加する機会があったものである。
本件審判手続においては、長期間にわたり審理をし、実体上の審決をするに機が熟しているにもかかわらず、職権で、被告が争っていない原告の利害関係の有無を調査し、その結果を原告に通知して意見申立ての機会を与えることなく、突然、審判請求を却下したものであるが、それは、それまでの両当事者の審判活動に費やした多大の時間と労力を総て無にするものである。
したがって、審決には、重大な手続違背があるものであり、違法として取り消されるべきである。
第3 被告は、適式の呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。
第4 当裁判所の判断
商標法56条1項は特許法153条の規定を審判に準用しているところ、同条は、1項で、審判においては、当事者又は参加人が申し立てない理由についても審理することができる旨を規定し、2項で、審判長は、1項の規定により当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したときは、その審理の結果を当事者及び参加人に通知し、相当の期間を指定して、意見を述べる機会を与えなければならない旨を規定している。
これは、商標の拒絶査定に対する不服の審判や商標登録の無効、取消しの審判等は、単に出願人、商標権者等の利害に限らず、広く取引社会一般の利害に係わるので、民事訴訟法のような弁論主義を採用せず、当事者又は参加人が主張しない理由をも判断の資料とすることができるとする一方(1項)、それが当事者又は参加人に対する不意打ちとなることを防ぎ、防禦権を手続的に保障するため、審理の結果を通知して意見申立ての機会を与えることとした(2項)ものである。
商標法50条の規定する不使用による商標登録取消審判の請求をなし得る者については商標法上規定されていないが、これは請求人適格に制限を設けない趣旨ではなく、当該商標の登録により自己の権利実現が阻害される等、その商標登録を取り消すことについて正当な利害関係を有する者に限られると解される。
そのような請求人適格を基礎づける事由の有無やその内容は、商標法56条1項が準用する特許法153条1項で規定するところの当事者又は参加人が申し立てなくても審理することができる「理由」には該当しない。
即ち、同項の規定する「理由」とは、同じく商標法56条1項が準用する特許法131条1項3号が審判の請求書の必要的記載事項として規定する「請求の理由」のことであり、商標登録の拒絶査定の当否や登録商標の使用、不使用の根拠となるような、審判の請求の当否に係わる実体的な事由を意味するものと解されるのであり、ある者が法が定めた審判制度を利用する資格を有するか否かというような審判の請求人適格に関する事項は、特許法153条1項の規定をまつまでもなく、本来的に、審判合議体において当事者の主張に拘束されることなく、職権で審理し、判断すべき事項である。
したがって、同条2項の当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したとしてその結果を当事者又は参加人に通知して意見申し立ての機会を与えなければならないのは、審判合議体が当事者又は参加人が主張しない審判の請求の当否に係わる実体的な事由について職権で審理したような場合であり、利害関係の有無等請求人適格に係わる事項について職権で調査した場合を含むものではない。
したがって、商標法50条の規定により不使用による商標登録取消しの審判の請求があった場合、審判請求人が正当な利害関係を有するか否かは、審判合議体が本来的に職権で調査すべき事項であり、相手方がその利害関係を争わない場合であっても、審判合議体は、その有無を職権で調査し得るものであり、また、その場合、その調査の結果を当事者に通知して意見申立ての機会を与えることは法律上要求されるものではない。
もっとも、利害関係の有無というものは請求人側の事情に係るものであるから、一般的には審判合議体が当事者の主張や立証活動と関係なく、職権で調査することには困難を伴い、また調査したとしても、その結果の正確性を期しがたい面があるから、審判合議体において、必要に応じて当事者が釈明を求めたり、立証を促したりして、判断の誤りなきを期することが適当となる場合があるが、それは法律上の義務ではなく、そのような手続をとるか否かは審判合議体の裁量に委ねられるものである。
本件の場合、原告は、自己が利害関係を有する事由として利害関係出願を行ったことを主張して不使用による商標登録取消しの審判を請求したが、審判手続中に、利害関係出願に係る商標の登録を受ける権利を訴外会社に譲渡し、自らは利害関係を有しなくなったものであるが、そのような事実は、審判合議体において、特許庁長官宛にされた商標登録出願人名義変更届により明確に知り得るものであるから、審判合議体が、前記譲渡により原告の利害関係は消滅したとして、原告に意見申立の機会を与えることなく、審判請求を不適法として却下したことについて、その判断の誤りのないことは勿論、手続上違法な点は存しない。
原告は、前記譲渡により利害関係が消滅したことの通知を受ければ、訴外会社において審判手続に参加する機会があり、そうすれば、それまで長期間にわたり行ってきた審理手続が無駄にならなかった旨主張する。
原告の主張する点は理解できなくはないが、原告が訴外会社に本件審判手続の係属の事実を知らせておれば、訴外会社は、譲渡を受けた時点から、積極的に本件審判手続に参加することはできたものであり、また、訴外会社が本件審判手続に参加するか否かは、一つに訴外会社の意思によるものであるから、審判長において、そのままでは利害関係がないとして本件審判請求を却下すべきことになる旨を原告に通知し、もって、間接的に本件審判手続に関与していない訴外会社に本件審判手続への参加を促すようなことは法律上要求されるところではない。
したがって、本件審判手続について、原告が主張するような審決の取消事由となるべき違法はないというべきである。
(竹田稔 成田喜達 佐藤修市)